Sunny,Rainy






 ―濡れないか、ヘンリエッタ?
 大好きな兄さんがそう言って
 ―大丈夫よ、兄さん。
 大切な妹がそう答えた。
 マントの下で微笑みあった二人は、空へと目を向けた。



 淡いピンクに白、中には林檎みたいに真っ赤なものもある、小さな愛らしい花々。その合い間を大きさも模様も様々な蝶々がひらひらと、甘い蜜を求めて踊る。
 幼い少女の見る夢のように素朴な花畑を、ヘンリエッタは歩いていく。
 時折海から聞こえてくる歌声につられるように、気付けばお気に入りの歌のメロディーを口遊んでいた。が、すぐに我に返りハミングを止め、頭を二度三度と振り、車椅子を押していた手に力を込める。
「どうした、ヘンリエッタ。歌を止めてしまうのか?」
「…だって、ルートヴィッヒが」
 車椅子に座ったまま、肩越しに振り返ったヤーコプが残念だという響きをもって訊いてくる。その声は楽しげな雰囲気もあって、同時に見上げてくる水色の瞳も間違いなくからかうようないろがある。
 しっかりとそれに気付いたヘンリエッタはそっぽを向いて唇をとがらせた。
 浮かれて歌なんか歌いながら車椅子を押して、ヤーコプ兄さんに怪我をさせるなよ、と意地悪な従兄弟から釘を刺されたのは記憶に新しい。
 勿論ヘンリエッタはヤーコプに怪我をさせるつもりなど、いや、怪我などさせたくない。
 だが、春の陽気や甘い花の香り、何よりヤーコプとこうやって散歩するという、何気ない平和な日常がヘンリエッタをどうしようもなく浮き立たせる。
 そんな少女の気持ちを、同じ思いを抱くが故に誰よりも理解している青年は、ほんのわすかに苦笑しながら、そのふくれた頬に手を伸ばす。頬に触れた手でそっと自分の方を向かせて笑いかける。
「お前とこうしていられるのは嬉しいが、俺はお前の愛らしい顔がみれないからな…せめてその声だけでも聴かせてくれないか?」
 な、と幼い子供に言い聞かせるように首を傾げたヤーコプの綺麗と言わざるをえない笑顔に真っ赤になったヘンリエッタが、口を二度三度とパクパクとさせた時。
 ポツリと熱くなっていた頬に、冷たい雫が落ちて来た。
「え、雨!?さっきまでは晴れていたのに」
「ああ、天気雨のようだな」
 大慌てのヘンリエッタに対して冷静にヤーコプが言う。二人揃って天を仰げば、ヤーコプの言う通り、青空の中、雨粒がキラキラと輝きながら降りてくる。
 宝石の様な輝きにしばし見惚れた後、ヘンリエッタは急いで車椅子を反転させる。
「急いでお城に戻らなくちゃ、兄さんが風邪ひいちゃう!!」
「いや、そう長くは降らないだろう。ヘンリエッタ、こっちへおいで」
 自分の隣を示したヤーコプの言葉に素直に従ったヘンリエッタの頭に、バサリと音がしてマントが掛けられる。驚いて目を瞬かせるヘンリエッタの頭を撫でながらヤーコプは笑った。
「お前に風邪をひかせでもしたら、ヴィルヘルムとルートヴィッヒに恨まれるからな。…何より俺が自分を許せそうにない」
 おどけたふりをしながらも真剣な瞳と、自身を包むヤーコプの香りにどうしてか泣きたくなった。
「じゃあ、雨が止むまで兄さんのマントで雨宿りね!」
 誤魔化すようにはしゃいで自分がしてもらったように、手を伸ばしてヤーコプの頭にマントを掛けた。



「どこかで狐さんが結婚式してるのかしら?」
 小さな頃に教わったお話を思い出して問いかける。
「『天気雨は狐の結婚式』か。だが他の国では鼠であったり、魔女であったりすると言われているだよ」
「へぇ…って魔女!?」
 村からほとんど出ることのなかった幼い頃は勿論、兄達を探す旅の途中でも出会った魔女はたった二人。
 親友であるラプンツェルと、何度か戦ったでもどこか抜けた三人組の一人、魔女ヘレしかいない。
 ラプンツェルは確かに美人で、誰もが羨むほどの金の髪を持っている。が、残念ながらと言うべきか、自分の恋愛には全く興味がなく、他人(特にヘンリエッタ)の恋愛には興味津々で色々と相談?に乗ってくれるが…
 それに、魔女ヘレ…想像すると何だか怖い。純白の花嫁衣装に色とりどりブーケ、ベールの下には奥ゆかしい………魔女ヘレの顔。うっかりとイメージしてしまって、思わず腕をさする。
「はは、言い伝えだから本当かどうかは分からないがな」
「そ、そうよね!ねぇ兄さん、東の方では天気雨の時の言い伝えって何かあるの?」
「東か、そうだな…東の方では不思議なことに…」
「不思議なことに?」
 ワクワクしながら身を乗り出し続きを待つ。流れ星が『願いを叶える』ところだ。きっと想像も出来ないようなことだろう。
「狐だそうだ」
「狐!?…そう狐さんなんだ、って私たちと一緒じゃない!」
「ああ、だがだからこそ、不思議だと思わないか?遠く隔てた地で同じ言い伝えがある。不思議で面白いと思わないか」
 それに、と続けてヘンリエッタと合わせていた瞳を空へと向ける。
「雲から生まれる筈の雨が、太陽が輝く中降りてくる。そしてその不思議はこれ程に美しい」
 そう言ったヤーコプの横顔は、世界への愛しさと誇りに満ち溢れていてとても美しい。それを見つめるヘンリエッタの頬にも同じ微笑みが浮かんだ。
 そっと目を閉じると、草や土の濡れる匂いがして、雨粒が密やかに音を立てる。瞼の裏に遠い昔、雨の日に外で遊べないと退屈がっていた自分に絵本を読んで聞かせてくれたヤーコプの姿を思い出す。
 不意に今が幸福な、ただの夢の様な気がして不安になり目を開ける。
 そこには目を閉じる前と変わらずに、手を伸ばせば届く近さにヤーコプがいて、ヘンリエッタを穏やかに見つめていた。
 たったそれだけのことの筈なのに、さっきまでの不安が霞の様に消えて、すごくほっとして、とても嬉しくなって、何故かほんの少し苦しくなった。
「そうね、兄さん…不思議ってすごく素敵なことよね」
 そう呟いた拍子に、マントの下で雫が落ちてドレスの上で弾けた。
 温かく微笑んだヘンリエッタの頬に残る雫の跡。
 それを指でそっとなぞって、その額に口づけた。



 空に在るものも、お前の笑顔も、俺にとっては太陽で、たとえ雨の後に、空には虹が架かるとしても、
 お前がなにより愛おしい。




後書き
 これを書いている時、グランドフィナーレ=ヤーコプ兄さんのgoodEDのような気がしてなりませんでした。
 何だかグランドフィナーレ後の話を書くとしたら、ヤーコプ兄さん以外書けないような予感が…

 因みにイギリスやイタリアの一部では本当に「狐の結婚」という言い伝えがあるそうです(byウィキペディア)

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