相合傘




 久方ぶりに取れた休みに、政宗はと二人きりで城下へと出かけ、のんびりと穏やかな時間を過ごした。胸に温かな灯がともるような幸せと、少しの名残惜しさを感じながら歩き出した帰りの道に、ぽつぽつと雨が落ち始めた。
 共に見上げた空から降ってくる雫は、すぐに大粒の雨へと変わる。慌てるの手を引き入った軒先は小間物屋のもので、偶然に出てきた主人に店の中へと招かれる。人の好さそうな主人は何か拭く物をと言って店奥へと引っこんでいった。
 その厚意への礼も兼ねて、何か買って帰ろうかと店内を見回すと、時節柄だろう、店の一角にはたくさんの傘が並べられていた。見本用に開かれた、色鮮やかなそれらを見てが瞳を輝かせる。
「わあ、花のようですね!」
「………そうだな」
 そう言って笑う横顔こそ花のようで、政宗はしばし見惚れてしまった。その不自然な間と、赤くなっているだろう頬を誤魔化すように傘に向き直る。紅に、藍に、山吹に、色とりどりに咲く大輪の花々の中でふとひとつが目に留まり、政宗は歩みを寄せた。
 萌え始めたばかりの若葉の色を、深い緑が縁取る質素な意匠の傘だ。他のような華々しさはないが、落ち着いた趣のある品だった。
「素敵な色合いですね」
「ああ。……成実あたりなら、年寄りくさい、などと言いそうだが」
「まあ…」
 毒のない笑みで欠片の悪気もなく言う従弟の姿が頭に浮かび、政宗はむうと口許を歪める。も同じだったのか、政宗の言葉を否定はせずに困ったように笑っていた。
「でもとても綺麗な色…。私は好きです」
 しみじみともらされた言葉に、心が重なることの喜びが胸を満たす。俺もだ、と頷き返すと、は少しはにかんだ様子で続けた。
「…何より、政宗様の瞳のお色ですから」
 ふわりと優しく目を細めるとは正反対に、政宗は目を丸くした。
 何故だろう。まっすぐにこちらを見つめる瞳も、好きだという言葉も、向けられるのは初めてではない。最初の頃こそ慣れないそれらに戸惑っていたものの、今では自然に胸に染み入るようになっていた――
「………」
 ――はずだというのに、今は何故か無性に落ち着かなかった。無意識の仕種で眼帯の縁を指でなぞり、はたと気づく。
「…………お前が好きなのは、こちらの方の目だけかと」
 初めて綺麗だと言ってくれた時も、その後も、この眼帯の下が露わになっている時だったから。
 そんなことを考えながら呟いて、卑屈とも取れる物言いになってしまったことに気づき口をつぐむ。は一瞬驚いたような顔をして、それからくすりと笑みをもらした。
「もちろん、そちらの目も綺麗で好きです。ですが、そちらだけではありません。
 いつも優しくて、まっすぐで、澄んでおられて……」
「…………」
「どちらの目も大好きです」
「……っ」
 花がほころぶような微笑みを浮かべた頬へと思わず手を伸ばしそうになる。だが不意に聞こえてきた、お待たせしました、という声にはっと我に返る。見れば手拭いを持った主人が店奥から顔を覗かせていた。
(……何をしているんだ)
 他に客がいないとはいえ、このようなところでに触れようとするなど。
 途端に羞恥と後悔に襲われた政宗は、渡された手拭いで少し乱暴に頭を拭いた。
「…助かった。礼を言う」
「ありがとうございました」
「いえいえ、急に雨に降られてしまってさぞ難儀されたでしょうから。
 …ああ、その傘、中々良い色合いでしょう」
「はい! とても綺麗な色ですね!」
「………………」
 二人から手拭いと礼を笑顔で受け取った主人は、商人らしい目端を利かせにこやかに言う。溌剌と頷くと、かすかに頬を染め目を逸らす政宗を見て、その目がきらりと光った、ような気がした。


「では、お気をつけてお帰りを」
 それからしばらく後、恵比須顔の主人に見送られながら政宗とは店を後にする。外に出ればまだ降り止んでこそいないものの、大分雨脚は弱まっていた。
 軒下から空を覗きこむようにしているの隣で、政宗は今し方求めたばかりの傘を開く。ばさりと広げた傘は普通のものより大きく、主人が――強引さを感じさせない程度に――熱心に勧めた通り、二人で使うのには確かに具合が良さげだった。

「はい」
 いつものように手を差し伸べる代わりに傘をかざすと、はいつものようにそっと政宗に寄り添った。頷き合って人通りの絶えた通りへと出れば、空から降る雨粒が傘を、ぱらぱらという雨音が耳朶を打つ。同じ音をひとつの傘の下で聴いているのだと思うとどこか面映ゆかった。
 何気なく隣を見れば、は何かを見上げ嬉しげに微笑んでいる。
(いったい何を…?)
 見ているのかと温かな眼差しをたどり、その先にある色を認めた政宗の頬にさっと赤みが差す。何とも言えない気恥ずかしさに思わず俯くと、もう一歩先に水たまりが目に入った。
っ」
「えっ? あ」
 咄嗟に腰を抱き寄せれば、が驚きの声を上げ胸に飛びこんでくる。それをしっかりと抱き留め、わずかにふらついた足が水たまりの際で止まったのを確認して、政宗はふうと息を吐いた。その吐息が耳に触れたのか、片腕で抱きしめた華奢な体が小さく震える。
「ま、政宗様…」
 胸の辺りから聞こえる、わずかに上ずった声に足許から視線を上げれば、が頬を赤く染めてこちらを見上げていた。
「……水たまりだ」
「っす、すみません…!」
「いや、構わない。お前に泥が跳ねなくて良かった」
 恐縮したように身を縮こませるに、政宗は首を横に振ってみせた。わずかに困ったように眉を下げ、けれど柔らかく弧を描いた唇でありがとうございますと囁く様が愛らしい。素早く辺りに視線を巡らせ、人の姿がないことを確認する。その上でなお、誰の目にも触れぬよう隠すように傘と、己の首をそっと傾けた。
「…っ」
 一瞬だけ温もりを触れさせてわずかに距離を置けば、ぼやける視界の中でもそうと分かるほど、の顔は先刻以上に真っ赤になっていた。
(………可愛い)
 そう思うのは紛れもない本心だが、時折その裏に悪戯心が潜むようになったのは少し前のことで、今も正にそうだった。頭の片隅に、おかしいだろうかという疑問が浮かぶのと同時に、胸の奥がくすぐったくなる。不思議で理解は出来ないが、その感覚は心地好いものであったから、悪戯心がささめくままに政宗はの腰を抱いていた手でそっと頬を撫でた。
「本当に、お前に泥が跳ねなくて良かった。……ただ」
 ――水たまりには気をつけないとな。
 そう囁いて、戒めるように、先ほどよりほんの少しだけ強く、かすかに震える瞼へと唇を押し当てた。



後書き
 …………お、お、お、終わったーーーーーー!のか…?が今の気持ちです。書き始めた当初の構想とはほぼ別物になってしまったもので。傘買う場面とかほんの一行で流してたのになぁ。いつものことですが暴走して話の流れにも多大な影響が…。
前日譚とか後日譚とか考えていましたが、元々書きたかった話を書く為にはさらに後々日譚まで書く必要がありそうです。が、書けるかなぁ……。
 2ショットシーンが満載という私にしては珍しい話ですね。
 終盤が我ながら迷走している気もしますが、お読みいただきありがとうございました。

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