政宗とが伊達の領地である離れ小島の屋敷で、二人きりで誕生日を祝った翌日。朝というにはもう遅く、昼というにはまだ早い時刻、成実と小十郎は並んで政宗の部屋へと向かっていた。 「政宗のやつ、すごい喜んでたな!」 「ああ。去年までならば、この時期は浮かない顔をされていたが…のお陰だな」 「だよな。本当、あいつには感謝してもしきれないな。って言ってものことだから、結局政宗より自分の方が喜んでたって恐縮しそうだけど」 道すがらに話すのは、政宗の誕生祝いのことだ。まるで我が事のように声を弾ませる成実に、小十郎は確かに、と静かに頷いた。 「だが、そうやってが笑顔でいることこそ、政宗様にとっては何より嬉しいことだろうからな。首尾は上々といったところか」 「んー……まあ、惜しむらくはもうちょいゆっくりっつうか、余韻に浸らせてやれなかったことだな」 滅多にない二人きりで過ごした日の翌日だ。さすがに丸一日とは言えずとも、少しぐらいはのんびりさせてやりたかったし、実際そのつもりで段取りも組んでいた。だが、城に戻ってひと息吐いて間もなく、急ぎの、しかも政宗自ら処理しなければならない仕事が舞いこんで来てしまったのだ。 恐縮しきりにそれを知らせに来た家臣に、政宗はさして気にした様子もなく頷き書類を受け取った。何度も頭を下げながら去っていく家臣の背を見送った後で、政宗とは一度だけ顔を見合わせて苦笑した。けれど、それはほんのわずかな間のことで、瞬きの後には二人は主と小姓の顔つきになっていた。 その甲斐あってその件自体はすぐに片づいたのだが、問題はその後だ。 「政宗のやつ、他は明日にしたって問題ない仕事ばっかだってのに『明日でもよいものを、今日済ませたところで問題ない』とか言ってそのまま働くし! はで何も文句言わないし!」 嘆くように言って成実は手にした“明日でもよい書類”をばさばさとはためかせた。 「まあ、それが二人の美徳なのだから、仕方ないだろう。それに主と小姓としてなら申し分ない心がけだ」 「そりゃあ、俺だって家臣としてなら助かるさ、助かるけどな!」 苦笑いを浮かべた小十郎になだめるように諭されても、成実は納得がいかない。 「どのみち、ああなってしまっては何を言っても無駄だ。諦めるしかないだろう、“今年”は」 「ん?」 「“来年”の重要な課題として胸に留めておけばいい」 来年もやるのだろう、とさも当たり前のように首を傾げる小十郎の口の端には、どこか面白がるような笑みが浮かんでいた。ややあって成実もまた悪戯小僧のような満面の笑顔になり、拳を勢いよく突き上げた。 「おう! あいつがいらんって言ってもな!!」 「……もっとも、野暮なだけかも知れないがな」 高らかに宣言する成実の耳には、そんな小十郎の呟きは届かなかった。 「政宗様、どうぞ」 「ああ、ありが」 ひと息吐くためにと茶を淹れてきてくれたに、ありがとうと言いかけてくしゃみが出た。 「大丈夫で」 慌てて腰を浮かせかけたの言葉もくしゃみで止まってしまった。 一瞬目を丸くした政宗は、すぐに心配げに目を細めての前に膝をつく。そっと前髪をかきあげて、露わにした額に掌で触れる。 「……熱はないようだが、大丈夫か?」 「だ、大丈夫です」 の返事にふっと安堵の息を吐いて、手を下ろす。けれど、ふと思い当ることがあって膝の上に乗せた手に視線を落としたままぽつりと呟いた。 「……すまない」 「え?」 「昨夜長い間水辺にいたせいで、体が冷えてしまったのかも知れない…」 「政宗様…」 満天の星空と、それを映す鏡のような湖を見せたくて、散歩に誘ったのは自分だった。苦い思いに握った拳にわずかに力がこもる。その手の甲に寄り添うように小さな手が重ねられた。はっと顔を上げれば、ふわりと優しく目を細めたと眼差しが重なる。 「政宗様のお好きな景色を共に見させていただいて、とても嬉しかったです」 「………」 「それに、政宗様がお傍にいてくださったんです。寒くなんてありませんでした」 自然と昨夜のように指を絡めて繋ぎ合うと、それだけで心も体も温もりに満たされる。 「…ただ、政宗様の方こそ大丈夫ですか?」 「ん?」 「先にくしゃみをされたのは政宗様の方です」 先ほどまでの政宗と同じように、心配そうに眉を下げて言われるが、政宗はそうだったかと首を傾げる。その自分に無頓着な様に、そうでした、とほんの少しだけ唇をとがらせては頷いた。 「大丈夫だ。……お前が傍にいてくれたから」 寒くなどなかった、と同じ言葉を返せば、はきょとんと目を丸くした。その様子がおかしくて、可愛らしくて、思わず笑みをこぼすと、つられたようにも笑い出す。 「では二人とも大丈夫ですね」 「ああ。……案外くしゃみが出たのも、小十郎や成実あたりが何か小言でも言っていたせいかも知れん」 「…噂ではなくてお小言ですか?」 珍しい政宗の冗談にますますは肩を震わせ、しばらく二人はくすくすと額を寄せ合って笑い続けた。 「……そう、いえば、政宗様」 どれほど二人でそうしていたか、ようやく笑いの波が去った頃に、笑いすぎて息切れしてしまったらしいが、目尻に浮かんだ涙を拭いながら言う。 「小十郎様と、成実様に…お礼は言えましたか?」 「……いや。改めて礼を言うとなると、やはり気恥ずかしい」 わずかに視線を下げて政宗は答える。今朝方、小十郎と成実が迎えに来た時、まだ後片づけが残っているから、と気を遣って三人きりにしてくれたのを分かっているだけに決まりが悪かった。 「……普段は軽口を叩き合うことも多いからな」 少し言い訳じみた言葉を添えれば、は納得したように小さく頷いた。 もっとも今朝機会を逃したのは、が部屋から出ていくなり、盛大にからかってきた成実と、ひどく微笑ましいものを見るような眼差しを向けてきた小十郎のせいでもあるのだが。 思い出すとつい口許がむっと歪むのが自分でもよく分かる。 「ですが政宗様、善は急げと言いますし……こういったことはきっと早い方が良いと思いますよ?」 そう言っては小鳥めいた仕草で首を傾げ、政宗の顔を覗きこんだ。その優しい微笑みと、そっと背中を押してくれる言葉に、政宗は肩からふっと力を抜き、ああと頷き―― 「政宗ー、ー! 入るぞー!」 ――かけた瞬間、すぱんっと勢いよく障子が開かれた。 「成実、だからいきなり開けるのは止めろと言っ……」 相変わらず、声をかけておきながら返事を待たずに開けるという、作法と呼べない作法を披露する成実をたしなめつつ部屋を覗きこんだ小十郎は、そこで絶句した。 部屋の中にいたのは政宗との二人で、がこちらに背を向けるような形で向い合って座っていた。ここまでならばどうということはないのだが、問題はが政宗の顔を覗きこむようにしており、政宗もわずかに首を傾げていることだ。当然ながらそんな体勢の二人の顔は非常に近く――有り体に言えば、今にも口づけを交わそうとしているように見えた。 (……いや、あるいはすでに交わした後か) 瞬き二つほどの間に、小十郎の頭の中をいささかずれた思考が巡り、その隙にが振り返ってしまう。しまった、そんなことよりもまずは成実の襟元を引きずってでも去るべきだったと小十郎は内心焦るが、 「小十郎様、成実様、お疲れさまです! すぐにお茶をお持ちしますね!」 は目が合うなりぱっと満面の笑顔になり、未だ部屋の入り口に突っ立ったままだった小十郎と成実の横をすり抜けて出ていってしまう。お疲れと返す間も、すぐに済むからと止める暇もなかった。 「……お前たち、ひとまず中に入れ」 「あ、お、おう」 「…失礼します」 しばし呆然とした後、促されてようやく部屋に足を踏み入れる。政宗の前に腰を下ろすと、文机の上に二人分の湯呑みが置かれているのが見え、休息の最中だったことが窺えた。 「……その、何て言うか…すまなかった」 「そう思うのなら、二度と勝手に入ってくるな。大体何度目だ」 「本当に悪かった…。まさかお前らが接吻しようとしてるところだったなんて…」 「は?」 反省の気持ちの表れなのか、胡坐ではなく正座した成実が気まずそうに紡ぐ謝罪の言葉を、呆れたように視線を下げて聞いていた政宗が顔を跳ね上げる。 「いやいや、別に責めてるんじゃないぞ! 休憩中だったんだろ? それにお前らがそうやっていちゃいちゃする気があるって分かって、むしろほっとしたっていうか」 「……………………」 「…おい、成実」 政宗の怒りの矛先は成実で、またその非も紛うことなく成実にあったため、今まで静観していた小十郎だが、さすがに怪しすぎる雲行きに口を挟む。まくし立てる成実を見る政宗の目つきの鋭さはどんどん増し、最早睨んでいると言ってよいほどだ。そしてその鋭さに比例して顔の赤みも濃くなっていく。 「違う、あれは…っ。……っそもそもお前がそんなことばかりを言うから」 堪えかねたように怒鳴った政宗が、それでも治まらない怒りを抑えるように右目の眼帯を手で覆う。さすがに成実も怒りのほどを察したのか、それ以上口を開く愚は犯さなかった。 政宗もまた無言のまま、自身を落ち着かせるように眼帯の縁を指でなぞっていた。 (…そういえばの贈り物は、手作りの眼帯だったな) その仕草を見るともなしに眺めながら、きっと今も着けておられるのはそれだろう、と小十郎はぼんやりと思った。 「……小十郎。成実」 「「……はい」」 どれくらいそうしていたか、俯いたままの政宗に抑揚のない声で名を呼ばれ、二人は揃って返事をする。それからゆっくりと顔を上げた政宗の頬はやはり赤みが差したままだったが、その表情は決して怒っているようには見えなかった。 「……昨日と、一昨日のことだが」 拗ねたような顔で視線を横に流しながら政宗は呟く。 「誕生日の祝い、嬉しかった」 訥々と静かに言葉が紡がれる。 「お前たちさえ良ければ、また来年も祝ってほしい」 ――本当に、ありがとう、と政宗は面映ゆそうに笑いながらもまっすぐに二人を見つめて言った。 「…っ」 その言葉と、その顔に、小十郎は思わず目頭が熱くなった。対面に座した政宗が目を丸くし、成実も政宗の反応を見て察したらしくにやにやと小十郎の顔を覗きこんだ。 「やーい。政宗がまた小十郎泣かしたー」 「お、おい。だから泣くほどのことなのかっ?」 「…も、申し訳ありません。あの政宗様が、誕生日を嬉しかった、と……」 感極まって声を詰まらせた小十郎に、政宗はいつかのようにうろたえる。 「まあ、仕方ないだろ。お前、この時期はいっつも仏頂面してたんだから。保護者馬鹿の小十郎兄さんが泣くのも無理ないさ」 「いや、だが」 「それに俺も昨日、寝起きどっきり仕掛けた時は、思わず泣きそうになったからな」 おそらくは照れ隠しの一種だったのだろう、成実はぽんぽんと政宗にからかいの言葉を投げて寄越す。それを受けるだけで精一杯だった政宗が、ふと怪訝な顔をした。 「…昨日? 寝起き…?」 「おう、寝起きどっきり! ちっちゃい頃はよくやっただろ。顔に墨塗ったり、口に餅詰めこんだり!」 「……待て、成実。昨日は俺一人ではなかったはずだ」 「何、遠回しな言い方してんだよ。知ってるよ、が一緒だったろ。いやぁ、一瞬焦ったぞ」 すっかり悪乗りしている成実は、政宗の顔から表情が抜け落ちてしまったことにも気づかない。 「…………見たのか?」 「ん? 何をだ?」 「……だから、の、その…」 「ああ、寝顔な。お」 「成実!」 ようやく落ち着き涙の引っこんだ小十郎が、制止するように鋭く名を呼び成実に肘を落とす。間一髪――というには遅すぎるがだろうが――成実の失言は止まった。 「政宗様、お礼言えたかな」 いつもより時間をかけて茶を淹れたは、あと一つ角を曲がれば政宗の部屋というところで小さく呟いた。 「――――」 不意に、その呟きに答えるように角の向こうから声がする。内容までは分からないが、楽しそうに弾んだ声は成実のものだろう。 「言えたみたい…」 は温かな気持ちで微笑んで、角を曲がってすぐ、部屋の入り口が見える位置で立ち止まった。いつも気遣ってくれる小十郎と成実へのお礼、というにはあまりにもささやかすぎるが、三人の時間を過ごしてほしかった。 けれど、そうしていくらも経たないうちに、開けっぱなしの部屋からひどく鈍い音が響いた。 「どうかされましたか!?」 慌てて飛びこむと不機嫌な様子の政宗と、頭を押さえてうずくまる成実と、その横の小十郎の姿が目に入る。 「っ痛…ああ、か」 「…待て、成実!」 呻いた成実が振り返ろうとした瞬間、隣の小十郎がひどく焦った様子でその目をふさぐ。運悪くなのか、小十郎の指が眼に触れてしまったらしく、成実は苦悶の声を上げた。 「ちょ、こじゅ…目、指……っ」 「うん、すまない、わざとじゃないんだ。 という訳で、すまないが今から成実を薬師のもとに連れていくから。せっかく用意してもらった茶だが、政宗様と飲んでくれ」 「え、あ、いえ、それは構いませんが…。あの、薬師様でしたら私が呼んで来ましょうか?」 目が痛む成実を薬師のもとに連れていくよりは、そちらの方が余程安全だろうと思って提案するが、何故か小十郎は明後日の方を向いて首を横に振る。 「いや、それには及ばない。実はさっき誤って成実の頭に肘を落としてしまってな。おそらく大事ないだろうが、一刻も早く診てもらいたいんだ」 だから責任を持って自分が連れていく、と言い切られてしまいは引くしかなかった。 「それでは政宗様、大変ご無礼をいたしました」 深く一礼して成実の襟元を掴んで出ていった小十郎は、最後に障子を静かに閉めるまでずっとから目を逸らし続けていた。 嵐のように慌ただしく去っていった二人の、色々と腑に落ちない様子に思わず首を傾げながらも、とりあえず手にした盆を机の上に置く。それから、やっぱり気になってつい障子の方を見つめる。 「」 「あ、はい…っ」 抑揚のない声で名を呼ばれ、振り向くよりも早く腕を強く引かれて、その胸に抱きとめられる。突然のことに驚きながら政宗を見上げると、部屋に入った時と同じように不機嫌な顔をしていた。 「………………」 「あの、政宗様? こじゅ、っ」 問いかけた言葉をむうっと拗ねた唇に封じられてしまった。 「……誰にも見せたくない」 「え? …ん」 小さく音を立てて離れた唇は、ほんの少しだけ和らいでいたけれど、それでもまだ不機嫌なままで、かすかな呟きがこぼされた。それを改めて問う暇も与えられず、すぐにまたついばまれる。 重ね合わされる度に、少しずつゆるやかな弧へと近づいていく唇が優しい笑みを形作るまで、口づけは繰り返された。 後書き 政宗様の誕生日をどうしても祝いたくて、書き始めましたがすっごいギリギリかつ誕生日があんまり関係ない話になってしまいましたが。 書き終えた直後で燃え尽きていますが、何はともあれ政宗様お誕生日おめでとうございます!!!!!スパ━| 襖|。゚+.ヾ(●∀・)ノ゚+.゚|襖|━ン! ちなみに背景画像のコスモスは9/5の誕生花で花言葉は愛情です。 back |