桂花




「よし! じゃあ、俺が行ってきてやるよ!」
 所用で訪れた京の宿の一室に、成実の快活な声が響く。その声に、政宗の昼と夜の食事をどうするかと話し合っていた政宗と小十郎は、揃って振り向いた。
「…お前がか?」
「おう!」
「その程度のこと、わざわざお前が行くことでもないだろう」
 目を丸くする政宗に胸を張って頷けば、その横の小十郎から半ば呆れたような声がかかる。伊達の次席という立場を鑑みればもっともな指摘に、けれど成実は子供のように唇をとがらせた。
「だからって俺が行っちゃ駄目な訳じゃないだろ?」
「……まあ、そうだな」
「ぶっちゃけ、割と暇なんだよなぁ」
 頭の後ろで手を組み、胡坐をかいた上体を前後に揺らしながら成実は言う。それなりの役目をきちんとこなしておきながらそんなことをうそぶく成実に、小十郎は少し意地が悪げに口の端を吊り上げ、手近にあった書類に手を伸ばす。
「そうか。なら、これとこれとこれを…」
「忙しくて飯も食いに行けない可哀想な主のために、仕出しのお使いに行ってきます!!」
 がばりと立ち上がり、勢いよく飛び出していった成実は、まるで季節外れの野分のようだ。音高く閉められた障子の向こうに消えた背を見送って、二人は小さく吹き出した。
「仕事を押し付け損ねたな」
「まったくです」
「…………そういえば」
「どうかなされましたか?」
 ひとしきり肩を揺らした後で、政宗はふと何かに思い当たったように呟く。
「使いに出たのはいいが、あいつは店の場所を知っているのか?」
 そう言って政宗が小さく首を傾げた時、
「政宗! 店の場所教えて!!」
 息急き切った成実が、すぱんっと障子を開け放ったのだった。


「やっと見つけた! ここか、あいつの言ってた店は!」
 生まれ育った奥州とは違い、碁盤の目のようにきっちりと整理された京の町は、成実にとってはどこも同じに見えてしまう。何度か通る通りや曲がる角を間違えた末にようやくたどり着いた店の前で、成実は思わず大声を上げた。あまり大きくはない店構えを見上げるついでに太陽の高さを確認すれば、やはり思ったよりも高い位置にある。
 あまり政宗を待たせすぎると――小十郎が――怖い、と一度背筋を震わせた後、成実はひょいと暖簾をくぐった。


 元々お忍びでこの店を訪れていた政宗に倣い、伊藤成美と名乗った成実は、注文を終え席に着いたところで、改めて調理場の方を見た。そこにはこの店の娘だという少女が早速調理を始めていた。
 政宗が京を訪れる度に必ず足を運んでいるという店と、その店の看板娘だという少女に、成実は少なからず興味があった。何しろあの政宗が美味いと評し気に入っている店だ。加えて、たった一度きりではあるが、政宗の口から少女のことを案じる言葉が出たことすらあるのだから。
 遠目から見る限り、華奢で小柄な普通の少女だ。けれど、看板娘という評判に偽りなく、柔和な面差しとふんわりとした笑顔が可愛らしい。愛嬌がありながらも変に媚びた風ではないのも、政宗がこの店を気に入っていた要素の一つだろう。
(…あいつ本当に女嫌いだもんなぁ)
 もったいない、と思いながら苦笑をもらし、ふとせっかくだからとあることを思い立ち、席を立つ。
「なあ、準備するとこ見ててもいいか?」
 調理場を覗きこみながら声をかければ、きょとんと目を瞬かせながらも少女は頷いてくれた。それから再び手許に視線を落とした彼女の瞳は、生き生きとして温かで、何というか――
(心がこもってんだろうな…)
 それでいて手は手妻のように淀みなく動いているのだから、思わず目と手に交互に見入ってしまう。ところがあまりにも見つめすぎたせいか、手際よく重箱に料理を詰め始めた手許から瞳へと視線を移したところで、ばっちり目が合ってしまった。
「あー、器用なもんだな。こういうところ見るの、あんまりなくて」
 まじまじと見つめてしまっていた決まりの悪さを誤魔化すように笑えば、彼女は気にした風もなく和やかに相槌を打ってくれた。その反応に何故か成実は無性にほっとする。
「すごい美味そうなんだけど、味見してもいいか?」
 構いませんよ、と取りやすいようにこちらに差し出してくれた料理は、どれを味見するか迷ってしまうほど見た目も匂いも美味そうだ。だが、成実は微塵も迷うことなく一番手近な料理に手を伸ばし、
「おおっ、美味いな!」
 端から順に全て味見した後で舌鼓を打った。これにはさすがに驚いたのだろう、少女の大きな目がさらに大きく丸く見開かれる。
「どうりで京に来る度に足を運ぶわけだ」
 けれど、世辞でも何でもなく本心からそうもらせば、それはそれは嬉しそうに、それこそ花がほころぶような微笑みを彼女は浮かべた。
(……もったいない)
 心にぽつりと、そんな言葉が浮かんだ。それは、きっと今まで何度もこの笑顔を目にする機会がありながら見逃してきたであろう従兄への言葉で、でも、何故か、ほんの少しだけ――その笑顔が自分に向けられたことが、誇らしいような胸がくすぐったい心地になって成実もまた満面の笑みを返した。



後書き
 お読みいただきありがとうございます。そして中途半端でごめんなさい!
 星夜のあやまちイベの後半組がツボ過ぎてカッとなって書きました第一弾。共通二話前半の成実様目線もどきです。私が一人称の話を書けないためもどきに。
 書き始めるきっかけとしては成実様はこの時点で主人公に対して(恋愛的な意味でなく)興味があったんだろうなぁと思ったことでした。
 ほとんどがイベント通りの中、冒頭のオリジナルパートが書いてて特に楽しかったです。奥州組大好きなので(笑)
 タイトルの桂花は金木犀の別名で背景も同様です。花言葉は初恋、真実の愛。
 どうでもいいことでしょうが、恋乱のような時代物を書いているとついつい古語を使いたくなります。手妻とか(手品のことです)
 あと季節感を出すためにこっそり季語を混ぜ込みたくもなります。今回は秋の季語の野分がそれでした(台風のことです)
 雰囲気作り〜と思ってのことですが、やりすぎると意味分からなくなるので加減が難しいと思う今日この頃。

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