獅子の子落とし、竜の…




「…成実、本当に余計なことをしてくれたものだな」
「………………」
 低く呟いてこちらを睨む政宗を前に、成実は何の言葉も出なかった。ぽかりと口を開けた成実の脳裏には事の始まりである数刻前の出来事が去来した。


 日が最も高いところを過ぎた頃、成実は日当たりのよい縁側でくつろいでいた。諸々の報告や相談のために朝早くに米沢城を訪れそれが一段落し、久々にの手料理のご相伴に預かった後だった。
(相変わらず旨かったな)
 そんなことを思いながら満腹と陽気に眠気を誘われ、ごろりと横になったその時――
「んっ、何だ!?」
 何かが近くの植えこみに飛びこんできた。思わず飛び起き、かすかな警戒を含んだ眼差しを向ける。が、そのままがさがさと音が鳴るばかりで何も飛び出してはこない。
「猫か何かか?」
 そう呟き、危険はなさそうだと判断してひょいと茂みを覗きこんだ成実は目を丸くした。そこにいたのは猫などではなく――
「虎菊丸!?」
 猫のように丸まり蹲る政宗の嫡子だった。成実の上げた頓狂な声に、その小さな肩がびくりと大きく震える。
「どうしたんだ、お前? そんなとこで…」
 訳が分からないながらもそう声をかけると、やおら虎菊丸が顔を上げた。
「じ、じげざね゛お゛じう゛え゛ぇ゛…っ゛」
「お、おいっ。本当にどうした!?」
 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらおんおんと泣き声を上げる虎菊丸を宥めるのに、成実は四半刻ほどの時を要した。


「…成る程、つまりこういうことか」
 どうにかこうにか縁側に腰を落ち着かせ、しゃくり上げる虎菊丸から話を聞き出した成実は、些かぐったりとしながら確認する。
「お前の好き嫌いを政宗から叱られたんだな?」
「…はい。すききらいなどしているようでは、ははうえをまもることなどできないぞ、と…っ」
「あー……」
 父から聞かされたらしい言葉を繰り返し、虎菊丸はまたぐずり始める。その小さな頭をあやすように撫でてやりながら、成実は胡乱な笑みを空に投げた。
 我が子の好き嫌いを咎めるのにお決まりの、大きくなれないだの強くなれないだのといった文句ではなく、虎菊丸の母――つまりは自らの最愛の妻――であるのことを持ち出すとは。
(息子相手に惚気るなよ、政宗…)
 呆れたように息を吐いて、哀れみの気持ちすらこめて虎菊丸を見下ろせば、心底その言葉が堪えている様子だった。
「ほんっとに似た者親子だな」
 思わずしみじみと呟き頷く。結局はその一語に尽きるのだろう。政宗が聞けば悪いか、と少しむっとした顔になりそうだったが、そこに揶揄する意図はほとんどなかった。
「っわ、わたしも……はは、うえ…を、おまもり……したい、です…っ」
 成実の呟きは届いていないらしく、ぐずぐずと鼻をすすりながら虎菊丸は目元をこする。
 瞳の色こそ譲りだが、虎菊丸の顔貌は政宗の幼い頃に瓜二つで、泣き虫なところまでそっくりだった。その虎菊丸が母を一心に慕い、そして何の屈託もなく愛されていることが窺い知れ、政宗の幼い頃をよく知る成実からすれば微笑ましくさえあった。
「よっし、虎菊丸。いいこと教えてやる」
 しょんぼりと落とされた幼い肩を抱き、いいかと耳打ちする。驚いたように顔を跳ね上げる頑是ない瞳に成実はにかりと笑いかけた。


 そんなこんなで未来の伊達家当主を慰めた後、成実は午後からの仕事を開始した。相談を持ちかけたり持ちかけられたりしているうちに、瞬く間に日が暮れ始める。
「ん、もうこんな時間か…」
 そう一人ごち、そろそろ政宗が報告書を読み、判断を下し終えた頃合だろうと腰を上げる。あまり得手ではない座行に凝った肩を回したりしながら政宗の部屋へと向かった。
「政宗、入るぞ」
 いつものように返事を待たずに勢いよく襖を開けると、いつものように政宗が愛想のない顔で出迎え――
「…………成実」
 ――られるものと思っていたが、何やら今日はいつもと様子が違った。
「余計なことをしてくれたな」
 常よりも鋭い目つきの政宗に、常よりも低い声で出し抜けに言われ、成実は眉根を寄せた。
(何だ? 何か不味ったか?)
 領地の統治については基本的に政宗の命に基づき、成実の裁量に任されている。そうして下した判断が政宗の意向に背くものであったのだろうかと頭を巡らせる。だが幾ら考えても、政宗にこうまで険しい顔をさせる原因に思い至らず、降参するように諸手を上げた。
「…悪い、政宗。何の話だ?」
「…………」
「いやいや、睨むなよ! 本気で分からないんだ!」
 何か落ち度があったならうやむやにする訳にもいかないと正直に訊ねると、政宗の片眉がぴくりと跳ねる。慌てて両手を顔の前で振ると、相変わらずの苦虫を噛み潰したような顔のまま、ぽつりと呟きがこぼされた。
「……虎菊丸に」
「うん?」
「虎菊丸に、俺の幼い頃の方が余程好き嫌いが多かった、などと吹きこんだだろう」
「……は?」
「…成実、本当に余計なことをしてくれたものだな」
 どこまでも、切れそうなほど真剣な目をして政宗が繰り返すのに、成実はしばし言葉をなくす。耳が痛いような沈黙の後、成実はどこか虚な眼差しで口を開いた。
「なあ、政宗……。
 完っ全に、完っ璧に、丸っきり、ばっちり、しっかり、綺麗さっぱり、完膚なきまでに事実だろっっ!! お前が虎菊丸ぐらいの頃にちゃんと食えた物っていくつあったよ!?」
 無論それが政宗のせいばかりではないことは重々承知しているし、子を思う親心が多少いやかなりの暴走をした結果なのだろうとは思うものの、結構な緊張を強いられた上の何とも間の抜けた顛末にそんなことは知ったことではない。
「…っ、今は好き嫌いなどない。の作ってくれた物を残す訳がないだろう」
「待て! その時点ですでにおかしいんだよ!! の手料理が好きでそれ以外は嫌いって言ってるようなもんだろ!! ガキの頃どころか今のお前の方だって虎菊丸より圧倒的に好き嫌い多いぞっ!
 あといつものことだけど惚気るな!!」
「いつも惚気てなどいない。単なる事実を言っているだけだ」
 …などといういつもの押し問答は、夕げの用意が調った事をが虎菊丸とともに知らせに来るまで続いた。


 ちなみに虎菊丸の好き嫌いは、母としての想いと料理人としての心に火をつけたが工夫を凝らした末に克服されたという。



後書き
 本当は政宗様の子と成実様の続柄は『従兄妹違い』というらしく『おじうえ』ではありませんが、だってこれしか呼び方が浮かびませんでした。
 久々に勢いで一日で書き上げました。
 あと後日談ではありませんがこんなやりとりがあったりして(笑)

政宗「今度は虎菊丸と一緒に作ったずんだ餅をへ贈ろうと思ったのだが…」
小十郎「ご家族仲睦まじいようで何よりでございますね」
政宗「…ああ。
   だが、最初は嬉しそうだった虎菊丸が、昨夜『もうずんだもちはみたくありません』と泣きながら離れを飛び出していってしまった。何故だ…?」
成実「お 前 の せ い だ よ ! ! !」

 お粗末さまでした。

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