−琴線− 小さな窓から入る明かりだけが室内を照らす中、一人の少年が虚ろな様子筝の前に座っていた。 部屋の中にあるのは寝具と、少年が幽閉される際に唯一つ望んだ筝だけだった。 最近、弦が一本張り直されたばかりの筝を少年は爪弾き始めた。 少年の指は震えることも、戸惑うこともなくよどみなく曲を奏で続ける。 少年がその部屋にいた二年間、筝の音が途絶えることは無かった。 その音色は響き続けた。 涙を流すことも、謝罪の言葉を口にすることも無い少年の、 嗚咽のように、贖罪のように。 ・ 優が筝を弾き始めて一分と経たないうちに、音を聞きつけてきたらしい片瀬が言った。優は特に反応を返すでもなく弾き続ける。 「ついでに言うと郷に帰って来てから家以外のトコにいる設楽も珍しいって、おい聞いてんのか?」 「痛い。別に僕がどこにいようと郷の中なら構わないだろ。…もう、幽閉は、解かれたんだ」 あくまでも無視を続ける優に対し突っ込みを入れると、流石に手を止め、顔を上げ片瀬を睨みつける。ついでに文句も。ただし最後の言葉は消えそうなくらいに小さかった。 「いいだろ、別に!久々に弾きたくなったんだ。家には筝は置けないし、ましてや弾くことなんて出来ないから、仕方なくここで弾いてるんだ!」 声が小さくなったのを誤魔化すように今度は強い口調で言い切って再び筝を奏で始めた。幽閉が解かれ、家に戻ることになった優が共に持ってきた筝。 その弦は総て−よく使う弦も、使われることの少ない弦も−皆一様に新しい。 優の母、雅がその弦を総て断ち切ったためだ。 幸いにして、筝自体を壊されることは無かったが、総ての弦が張り直された後、その筝は設楽家に戻されること無く加々良家の一室に置かれている。誰にも触れられることなく。 その件以降優が筝を弾くことは無かった。 「相変わらず辛気くさいな、筝ってのは。ついでに言うとお前が前弾いてた時は辛気くさい上にしょうもない音してたぞ」 「五月蝿い。悪かったな、辛気くさい上にしょうもなくて」 「まあ、お客さんの言うことは聞いとけ。因みに今のお前の演奏だが…」 誰が客だ、勝手に聞いてるくせにという突っ込みを心の中だけで入れて、優は指を動かすことに集中した。二年間弾き続けてきたとはいえ、四ヶ月もの間筝に触れてもいないのだ。どうしようもない上に、下手くそとか言われるに違いない。 「辛気くさいけど、いい音なんじゃねえの?あの頃に比べりゃ月とスッポンってとこだな」 思いっきり指を間違って、奇妙な音で演奏が中断される。 優が思わず、恐る恐ると言った様子で問う。 「片瀬、妙なものでも食べたのか?っつ!」 「お前は誉めてやりゃ、そう言うか!?本っ当に可愛げのない奴だな!もういい、一人で演奏会でもしてろ!」 優の頭を拳で殴ってから、片瀬は五月蝿く去っていった。 「…お前が、いい音とか言うからだろ」 一人残された優が届かない(届いても困るが)文句を呟いて、ふと神妙な顔になる。 「いい音色、か…水季様は心が豊かでないといけないとおっしゃっていたっけ…」 (僕の心が豊かにでもなったっていうのか…?) 一瞬、意志の強そうな黒髪の少女の顔が頭を過ぎった。 「そんな訳、ない…大体、あいつは」 (他に) そう呟いて頭を振り、再び旋律を奏で始めた。 ・ 「よう、はねっかえり!」 稽古をつけてもらっていたらしく、涼に頭を下げるきらを見るなり、片瀬は声をかけた。 「片瀬さん、だからはねっかえりは」 「今、稽古終わったトコか?真面目なもんだな〜」 毎回、はねっかえりと呼ばれる事に反論するきらの言葉を無視して片瀬は言う。 「そうですけど…」 「はい、きらさんは真剣ですから教える側としても嬉しいものです」 「そりゃ、結構なことで、と。稽古が終わったってことはお前今から暇だよな?」 自分の言葉を無視された形のきらはやや不満そうに、涼はごく穏やかに言葉を返した。 「暇と言えばそうです」 「んじゃ、丁度いい。耳澄ましてみな」 「?……楽器の音が聞こえる?」 「筝の音だ。いい音だろ?弾いてるのは……と。今から加々良家に行って筝の音がする部屋に行ってみな。面白いモンというか、珍しいモンが見えるぜ」 「???はい、分かりました。じゃあ、涼さんまた今度お願いします」 「ええ、さようなら」 どこか面白がってるような片瀬の表情にある意味不安を感じながらも、きらは加々良家の方へ歩き出した。 その背に向かってヒラヒラと手を振る片瀬に、涼は声をかける。 「今の筝は、優さんですか?」 「ああ、よく分かったな涼」 ニヤニヤと笑う片瀬に、涼が溜息をついた。 「きらさんに教えたのが、片瀬さんだと知ったらきっと怒鳴り込んで来ますよ」 「あの設楽が照れてな」 「………」 「ま、いいじゃねえか…礼みたいなもんだしな」 「礼、ですか?」 「ああ……あいつらが頑張ってくれてるお陰で、愁一にこき使われっぱなしだった俺の負担が軽くなったんだ。最近は結構、あいつ…陽菜に会えるしな…」 先程までのニヤニヤとは違う笑みを浮かべる片瀬に涼は仕方ないという風に苦笑する。 「普通にお礼を言っても良いのでは」 「ああ?『お前らが働いてくれてるお陰で、最近陽菜に会えるようになったぜ!アリガトウゴザイマス!まあお前らもその間一緒にいられるからいいだろ?』とでも言えってか?」 「いえ、そうではなく普通に…」 長い付き合いとはいえ、片瀬のこういう言動に未だ耐性のつかない涼は本気で困り果てた。 ・ 身近に楽器を嗜むような人物がいないきらは、音を頼りに進む間も色々と想像を巡らせる。 大分はっきりと聞こえるようになったのですぐ近くだろう。 「って、ええっ!?」 角を曲がってすぐの部屋に筝を弾く人物はいた、が、全く予想もしなかった人物だけにきらは思わず大声を上げた。 「な、んでお前が!?」 それは筝を弾いていた優も同じらしく、弦を弾くことを止め大声を出した。 「えーと、片瀬さんが珍しいものが見れるから筝の音がする部屋に行ってこいって」 「…片瀬!」 すぐに立ち上がって片瀬の所に怒鳴り込もうとする。 「わあ、ちょ、ちょっと待って!」 さっさと靴を履いて走り去っていきそうな優をきらが言葉と共に腕を掴んで止める。 「何だ!?」 きらに演奏を聞かれ、演奏しているところを見られたという照れ(本人は照れとは認めようとしないだろうが)からつい口調がきつくなる。 「いや、止めちゃうのかなって。演奏」 「お前、さっき盛大に驚いてただろ」 拗ねたように目を逸らした優が不満げに呟く。 「だって綺麗な音だったから、まさか知ってる人なんて思わなかったからさ」 「綺麗な、音…?」 「うん!すっごく!やっぱりずっと練習とかしてたの?」 「…二年間毎日弾いてた」 幽閉されていたとは言わずただ期間だけを告げる。きらが「二年間!」と口の中で呟き、納得したように笑う。 「ああ、だからか!」 「でもここ四ヶ月は弾いていない。指も思うように動かせなかった。だから綺麗に聞こえたなんて気のせいじゃないのか?」 「片瀬さんも『いい音だろ?』って言ってたよ」 どこか誇らしげに嬉しそうに笑いながら、きらが『いい音』と言う。 「…僕に、筝を教えて下さった方が、言ってたんだ。 『心が豊かでないといい音色は出せない』。 だから僕に『綺麗な音』なんて出せる訳ないだろ」 「だっ・た・ら!心が豊かになったのかも知れないよ?」 満面の笑みで自信満々に言う、きら。優は溜息をついた。 どこか幸福そうに。敵わないというように。 きらの手を解いて、靴を脱ぎもう一度座敷に上がる。 「ほら、お前もさっさと上がれ。外で聞くきか?」 「え?」 「筝、弾いてやる」 「うん!」 ・ 「ん?」 「さっき僕の心が豊かになったのかも知れないって言ってただろ」 「うん」 「もし…もしも水季様が僕の筝を聴いて、同じことをおっしゃったら認めてやる」 「……」 「…怒ったか?」 「ううん。早く『水季さん』が見つかるといいなって」 「絶対に僕が探し出す」 「ねぇ、その、水季さんに筝を聴いてもらう時って…私も、一緒にいたら、駄目かな?」 「………お前」 「ごめん、邪魔だよね!」 「いい」 「え?」 「水季様と…お前だけなら、いい」 ・ 事件のほんの数日前のことを。 「我々ハンターには、心の豊かさなど無用です」 「……今は分からずとも、いつかお前も、人を愛することを知るときが来る。 心の豊かさとは、誰かを慈しんだり、日々自分が生きていることを悦んだり……そういう、何気ないことから生まれるのです」 (頑なに血と憎しみにだけを見ていたボクのことを案じて下さっていたんだ水季様は。でもあの頃のボクは分からなかったんだ) 「ボクには……分かりません」 記憶の中の優は硬い声で答えた。理解も、理解しようとすることもしなかった。 (けれど、今の僕なら) 「分かるような気がします」 全てではないけれど…まだ自分が生きていることを悦ぶことはない。 けれど、人を愛することは… ふと顔を上げきらを見る。自分の内に筝の音とは違う、暖かな音色が生まれ響いた。 (人を愛することを知った、ような気がします) 後書き マルチプル「不吉な予感が…」を見てから突発的に書いてしまいました。 発売前なのにかなりフライングなお話になってしまいましたね。捏造いっぱい。 発売後の土下座 プレイしてからかなりしまったー!!と思いましたね。話が少し長かった分、ボロボロと出てくる、出てくる。 優は今、一謡の郷じゃなく柏木町に住んでるんでしたっけ…しかも雅さん入院してるから箏の弦切れないよ… しかも涼は優のこと「優さん」とは呼ばないし、きらのことは「柏木さん」だよ!! 優の部屋に箏発見、しかも演奏してたのを見た時「あ、チクショウ優、箏持ってんじゃねえし弾くなあ!!」って思わず何も悪くない優に叫んでしまいました。 あううぅ…でも、まあ発売前はこう自分はこう考えてたんだというのかよく分かるので、それはそれで楽しかったです。 いやあ、しかし雅さんに箏の弦切らせた時は「流石にやりすぎたかな〜」とか思っていましたが、ゲームクリアした今となっては「よく箏自体が壊されなかったな〜…」と思っています。 改めて、捏造いっぱいうそついてすみませんでしたあぁぁっ!! back |