暖かな日差しが降り注ぐ中、ゆっくりとした足取りで歩いて行く。 見上げれば、よく晴れた空の穏やかな青。足下に目を落とせば、素朴な愛らしい野の花の薄紅、紫、藍、黄の花びらに、葉の緑。 目に映る全てが色鮮やかで、雪が一面を真白に染め上げていた凍てつく冬は終わり、暖かな春が訪れたのだと教えてくれる。 幾度となく通ったはずの畔道はこれほどに色とりどりだっただろうか。とても不思議な心持だ。 「詞紀。先程からなにをきょろきょろとしている。全く、落ち着きのない」 僅かに苦笑したような声に、共に道を歩く人の顔を見上げる。合わさった瞳が優しく細められ、自分と同じくこの春を喜んでいるのが分かり、自然と微笑みが浮かんだ。 「懐かしいのです、季封を離れていたのはひと冬の間でしかないというのに。先の春も変わらず季封で過ごしていたというのに。 とても、とても懐かしく思えるのです」 言いながら、自身の言葉が不思議で仕方ないのだろう。空疎を見上げるために傾げられていた首が一層傾ぐ。この春から見せるようになった詞紀の幼い仕種に、空疎はふと笑った。 「たったひと冬とはいえ、容易には語り尽くせぬ程多くのことがあったのだ。仕方あるまい。 それに…詞紀、貴様は先の春の空の色や花の色を覚えているか?」 突然の問いかけに足を止めた詞紀に合わせ、空疎は歩みを止める。ややあって詞紀はふるふると首を横に振った。 「では貴様がまだ童だった頃はどうだ?」 「それは、覚えています。たくさんの花を摘んで母様に…あ」 「ならばそれが答えだろう」 そう言い置いて空疎は歩き出す。ゆっくりと遠ざかっていく背を見つめながら、その言葉の意味を詞紀は考える。 空や花の色を思い出せないのではない。ずっと長い間、この目には色など映っていなかったのだ。 それが色を取り戻したのは―― 「詞紀」 振り返り、優しい声と眼差しで名を呼んでくれる人がいたから。 「はい、空疎様!」 ほんの数歩の距離すら惜しく、駆け寄って何よりも愛しい黒に飛び込んだ。 後書き 短いです。そして初めて白華でほのぼのとした話を書いた気がします。 back |