空疎に抱き寄せられたその時、詞紀は一瞬身を竦めはしたが、はにかみつつも幸せそうな笑みを浮かべた。 かつては贖罪と使命に縛られていた彼女が見せる笑み。それは、かつては淡い風にすら掻き消されてしまいそうな儚さを秘めていた。 だが、今の詞紀が見せる笑みは、陽だまりに佇むことこそ相応しいようになっていた。 だが、鮮やかな笑みをさらにこの目に焼き付けようと、空疎が詞紀の頬に手を伸ばした瞬間――きめ細かい肌が強ばり、空疎から視線を逸らしてしまった。 突然の狼藉に、空疎の目に険が差す。その圧力を感じ取ったか、詞紀はますます身を硬くし、俯いてしまう。 「……詞紀」 「は、はい」 「それは一体、何のつもりだ?」 「そ、それとは、何のことでございましょう?」 「……我を前にして、白々しい口を利くものだ」 痺れを切らした空疎が、詞紀の顎を掬い上げ、自分に顔を向かせる。そうして対面した詞紀の顔は、ほんのりと朱に染まっていた。 (……常とは様子が違うな) 口には出さず、詞紀の顔をまじまじと見る。恥じらっているのは一目瞭然だが、常日頃見せる恥じらいとは何か違った。彼女の心を察することにかけては、時として本人以上である空疎の慧眼でも、その正体はつかめない。なぜなら、それは彼女が初めて見せる顔だったからだ。 「詞紀。貴様、何を気に病んでいる?」 「は……いえ、そのような……」 「我の腕の中で、我に心を明かさぬ気か?」 言葉は厳しいが、詞紀の頬を撫でる指はゆっくりとしていて優しい。詞紀は一瞬顔を曇らせ、そして観念したように苦笑を浮かべた。 「……空疎様。どうぞ、お笑いにならずに聞いてくださいますか?」 「そのように釘を刺さずとも、我はそのような狭量な男ではないつもりだが?」 「左様でございましたね」 詞紀はふわりと笑うと、自分の頬に触れている空疎の手に、そっと手を重ねた。 「……空疎様の御手が、とてもなめらかでいらっしゃるので。羨ましいのです」 「……我の手が、だと?」 確かに空疎の手は、男にしてはなめらかである。刀や弓といった武具を携えることはなく、書物を繰るのに時を費やすのが多いためだ。 だがそれでも、女の柔らかな肌とは比べるべくもない。詞紀が羨むのは何とも奇妙な話だが、空疎はその理由に気づき、詞紀の言葉を待った。 「私の手は、ご覧の有り様ですから」 そうして詞紀がかざした手は、造形こそすらりと美しいものの、皮膚は硬く張り、幾度も肉刺(まめ)の潰れた箇所は僅かに盛り上がっていた。 「幼き頃から剣を握っていたのですから、致し方ない……と言うよりも、これが道理だとは思います。 ……空疎様は、私の身が醜く崩れた時でさえ、私に優しく触れてくださいました。そのようなあなたの前で、このようなことを気にするのは、何ともおかしなことかもしれませんが」 「……まったくだな」 「申し訳ございません」 詞紀は苦笑しながら詫びる。空疎はその手を、まるで宝玉を手にするかのように恭しく取った。 「前にも告げた通り、我は貴様の心の有り様に惹かれている。この手は、貴様が民を守ろうとした証であろう。……そのような心情も汲まず、見てくれで判断する我ではないわ」 「……ええ。存じております」 「……だがな」 それまで険しかった空疎の目が、ふっと和らいだ。そして、喉の奥を鳴らすように笑い溢す。 「く、空疎様……!もう、お笑いにはならないでと、申し上げたではありませんか……!」 「違うな。笑っているのではない。夫の前では少しでも身綺麗でありたいと思うようになるとは、可愛げが芽生えてきたものだと思っただけだ」 空疎の言葉に、詞紀は目を丸くする。 「……さて。我の腕の中で竦むなど、そう幾度も許されるとは、よもや思ってはおるまいな?」 空疎の指が詞紀の顎を掬い、上を向かせる。詞紀は一瞬身を硬くしたものの――これは不意を突かれたためであろうと、空疎は見過ごすことにした――笑みを浮かべて瞳を閉じた。 後書き 姉にずーーーーーーーっと空詞を書いてくれ書いてくれと言い続けた結果がこれだよ!! よし、もっと言おう!!!!(笑) back |